原子力発電を巡る賛成派と反対派の建設的対話

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以下、メッセージでいただいた苦情への間接的な回答を兼ねて、公開の場における問題解決、知的生産を促すような1対多の対話(なぜ「1」対なのかは後日書きます)の場の維持の仕方、ひいては、日本の為政者や電力会社が失敗し続けてきた原発のリスクコミュニケーションについて、少しずつ書いてみます。まとまってきたら、「このグループについて」や、トップに固定する記事に、スレの一覧をコメント追記したりしながら、要約を掲載したいと思います。

古代ギリシャの哲学者プラトンは、対話法を編み出し、洗練していくにあたって、
数千人の相手を次から次へと選んで、自ら(プラトンの方)の無知を自覚すべく(無知の知)、思考を深めていきました。相手に対話を強要することもなければ回答を迫ることもありませんでした。

相手が自発的に回答してくれないときは、取るに足らない、つまらないテーマや、鋭さのない論点、切り口だったり、知的好奇心や問題解決の使命感に訴えかけるところのない禅問答(古代ギリシャでは「ソフィスト」というへ理屈、詭弁を弄する悪名たかき一群がいましたね)を自分が仕掛けてしまったと反省。謙虚に引き下がって、別な場で、歯を食いしばって改善した論点を提示したものでした。

翻って、1980年代にパソコン通信が立ち上がって以来、公開電子掲示板の類の上では、「1対多」の公衆との、非同期の対話を円滑に進行めるためのマナーが広範に知られるようになりました。いわゆるネチケット、回答を強要しない、自分の価値観をアプリオリに重要とみなして自己中心的に振る舞わない、などなどを翻ってみるに、社会や周囲に甘ったれた人間でもない限り、通常は守れるようなものばかりですので、なおさら広く受け入れられてきたと思われます。

しかし、スパムメールの類と同様、全体からみればごく少数のならず者によって、その場が荒らされまくるということが、しばしば起こります。論理的でないだけではなく、事実を無視/否定する、極端に読解力が低い、などなど、たとえ悪意がなくとも、相手や、その場に甚大な被害をもたらすケースが後をたちません。貴重な時間(=寿命の一部)を不毛な対応に割かれるのが不可能なため、ローカルルールを設けたり、Facebook全体の規約(13歳以上に通常期待される資質+α)をremindする、などの対応に時間を使わざるをえない立場に、管理人は追い込まれます。

以上の一般論だけでは、この原子力緊急事態に対処するには不十分であり、為政者が繰り返してきた誤り、今でも「正しく放射能を怖がる」といった民衆を見下した言い方で、ありもしない規範をでっち上げる、などの事態を解決するには至りません。(といっても正常な社会人同士のコミュニケーションを達成するには上記は当然のこととして実施されねばなりませんが)

そこで、本スレでは、
「原発のリスクコミュニケーション」をテーマとし、リスクコミュニケーション研究のエキスパートの知恵を借りながら、「確率論を理解できない無知蒙昧な大衆をいかに説得するか」に終始していた過去をどのように反省したら、本来あるべきコミュニケーション、ひいては、民意を反映した社会の意思決定、問題解決につながるか、考えてみたいと思います。

以下は、慶応義塾大学商学部の吉川肇子(組織心理学、社会心理学)の文献からの引用です。決して、自分勝手な価値観で対話を進めれば良いというのではないということがわかると思います。

■リスクコミュニケーションの4つの義務 (four imperatives)

-実用的義務
危険に直面している人々は,害を避けられるように情報与えられなければならない
野村注:裏返せば、リスクがあるのに「安全だ」といって隣人を惑わすのは犯罪的だということになります。SPEEDIの非公表も同様です。

-道徳的義務
市民は選択を行うことができるように情報を得る権利を持つ。
野村注:「事実と意見のバランス」という観点では、事実情報を99%とすべきくらいに、一方的な意見だけ、根拠を添えない結論だけ、というスタンスを戒めています。

-心理的義務
人々は情報求めている。また恐怖に対処したり欲求を達成したり自らの運命をコントロールするのに必要な知識を否定するのは不合理なことである
野村注:単なる情報だけでなく、その情報から重大な判断を下すのに必要な、意味解釈ルール、知識、メタ知識も含めてシェアする必要がある。

-制度的義務
人々は政府が産業リスクやその他のリスクを効果的かつ効率的な方法で規制することを期待している。またこの責任が適正に果たされていることの情報受けることも期待している。
野村注:例えば内部被曝のリスクをどのように抑え込むことができるか、共通的なガイドラインを、科学的、合理的な根拠を添えて提示し、それを誠実に実行し(食品のベックレル値の毎日の検査など)、着実に公表、周知がなされなければならない。一方的に、「不安を与えるだけだから数値を非公表にする」とか「操作した数値を提供」などは絶対に行ってはならない。

いかがでしょうか。ドイツをはじめとする欧米諸国で浸透しつつある、リスクコミュニケーションの4つの義務 は日本で守られているでしょうか? 全ステークホルダーが守るべく、市民が発言、貢献できているでしょうか?
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